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名古屋家庭裁判所 平成6年(家イ)1395号 審判

申立人 山本伸夫

申立人法定代理人親権者母 ヤマモト ファーティマ ティー

相手方 鈴木一男

主文

申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことを確認する。

理由

1  平成7年1月13日当庁で開かれた調停期日において、当事者間に主文同旨の審判を受けることについて合意が成立し、その原因となる事実についても争いがない。

2  本件記録によれば、以下の事実が認められる。

〈1〉  フィリピン人である申立人の母スルターンティーファーティマと日本人である相手方とは、昭和63年7月20日にフィリピン共和国の方式により婚姻をなして夫婦となり、相手方の肩書住所地に居住していたが、平成4年9月25日に長男太郎を儲けたものの次第に不仲となり、ファーティマは、同年12月頃、家を出た。その後、ファーティマは、フィリピンに帰ったり、あるいは日本の友人宅に泊まったりして、夫婦関係も途絶えて、事実上の離婚状態となり、平成5年11月18日に至り相手方との協議離婚届を提出した。

〈2〉  ファーティマは、別居後の平成5年3月頃、山本次夫と知り合って、同年6月頃から同人宅で同棲を始め、平成6年6月12日に申立人を分娩した。ファーティマと山本次夫とは、平成6年5月30日、婚姻届を提出して夫婦となった。

3  国際裁判管轄権について

本件は、申立人の母ファーティマがフィリピン国籍、相手方が日本国籍であり渉外事件として、国際裁判管轄権が問題となるところ、わが国にはこの点に関する成文法はないので条理によって解釈することとなるが、申立人、相手方共に日本国内に住所を有し、また、当事者双方は、わが国の裁判所で審理、判断するについて、何ら異議を止めず、本件調停に出席し、上記合意をしているのであるから、日本の裁判所に管轄権があると認められる。

4  準拠法について

(1)  本件は、申立人(子)が相手方(父)との間に親子関係が存在しないことの確認を求めるものであるが、申立人の母が子である申立人を懐胎当時、相手方と婚姻関係にあったため、それは相手方と申立人との間に嫡出子親子関係が成立するか否かの問題であるから、準拠法としては、法例17条によることとなる。そうすると、申立人の母の本国法であるフィリピン法と相手方の本国法である日本法とが適用される。なお、フィリピン民法15条によれば、「家族の権利及び義務又は人の身分、地位及び法的能力に関する法律は、フィリピン市民が外国に居住している場合においても、その者を拘束する。」と規定しているのであるから、日本法に反致されることはない。

(2)  日本民法772条によれば、婚姻解消の日から300日以内に生まれた子は嫡出子と推定されるところ、本件の場合のように、離婚の届出に先立ち、申立人懐胎の頃夫婦は別居し、事実上の離婚状態にあったときは、いわゆる推定を受けない嫡出子となって親子関係不存在確認の訴の提起が許されると解されている。

他方、フィリピン家族法166条によれば、「子の出生前の300日間の内、最初の120日間に夫と妻との性交が夫婦の別居により物理的に不可能だった場合は、子の嫡出性は認められない(子の嫡出性を争うことができる)。」と規定している。また、同法168条は「婚姻の終了後300日以内に母親が再婚した場合は、反証のないかぎり以下に従う。〈1〉前婚の終了後300日以内でかつ後婚の成立後180日を経過する前に子が出生した場合は、子は前婚中に懐胎したものとみなす。〈2〉……」と規定しているので、本件の場合、申立人は前婚すなわちファーティマと相手方との婚姻中に懐胎されたものとみなされ、さらに同法164条「父母の婚姻中に懐胎又は出生した子は嫡出子とする。」との規定により、相手方の嫡出子となると一応考えられる。しかし、前記166条は、子の懐胎が始まったと推定される頃に夫婦間の性交が物理的に不可能だった場合には、婚姻中に懐胎されたとみなされるときでも、嫡出性を否定する趣旨であると解される。これを本件についてみるに、申立人の出生前300日間の内、最初の120日間に、ファーティマと相手方とは別居していて事実上の離婚状態にあり、性交が物理的に不可能であった場合であるから、申立人は相手方の嫡出子であることが否定されることになる。そして、この点を確認するための訴訟はフィリピン法上も認められていると解される(同法170条、171条、173条)。

5  むすび

上記2で認定した事実によると、申立人は相手方の子でないことが明らかであるから、当裁判所は、本件調停委員会を組織する調停委員○○○、同○○○○の意見を聴いたうえ、上記合意を相当と認め、家事審判法23条により、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大津卓也)

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